Circle Scale/ichiro ☆Special 3☆

Circle Scale/ichiroスペシャル、特集。
第3弾は「Date FM J-SIDE STATION」から。

7月28日、ツアー中のichiroさんが仙台ライブの際に宮城県を
カバーしているFMラジオ局Date FMの番組にゲスト生出演。

普通なら私の住む場所からは聴けないのだけれど、何とか聴ける方法を
探していたところ、「復興支援プロジェクトradico.jp」をみつけました。
Circle ScaleCircle Scale
(2011/07/13)
ichiro

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ichiroさん登場の前に、1曲。
アルバム:Circle Scaleから『Good Day』

We’re gonna have a good day
ichiroさんが書いた日本語によるリリック。
被災地でもある広域的には東北、宮城県の人たちにも届いて、
響いたらいいなという願いもあったのではないでしょうか。

ichiroさんが番組出演するのは、2009年のROCKAMENCO以来とのこと。

ichiro:こんにちは!

--ichiroさん、ご出身が青森?

ichiro:弘前市内ではないんですけど、学校だったり、よく行ってた場所が弘前
なので、「弘前」とは言ってますが。


--同じ東北のご出身ということになるんですけれども、特に今回の震災に
感じるところは?

ichiro:ありますね。

--想いは本当にいろいろあったと思うんですけれども、
ichiroさんご自身はいかがですか?

ichiro:その時、オレは東京の自宅にいて。家でも相当揺れて。
TVをつけたら震源地が東北の方だということが分かって、この大きさは
半端じゃないなって。
ニュース見て、直接的な友達、家族に直ぐには連絡がとれないし、モラル的に
緊急事態時は、友達レベルの電話は控えようと思ったので、ちょっと様子を見ながら
連絡をとったりはしてたんですけど。
友人、知人は無事だったんですけどその家族や友だちの向こうには、悲しい現実が
いっぱいあって、本当に辛いですよね。


--音楽家として、ミュージシャンとして皆さん何をしたらいいか?とおっしゃるん
ですけど、ichiroさんはいかがでしたか?

ichiro:2ヵ月くらい音楽も聴けず、聴く気にもなれなくて。
実際、4月くらいから(今出したアルバムがあるんですけど、そのRec.)
作業をやろうと思ってて。まさにやっていた時に震災が起きて、それで一気に
ストップして「無期延期状態」だったんですね、気持ちの中で。
様子を見ながら、レコーディングを5月末からしたんですけど、それまでの
震災後2ヵ月はもう・・ニュースを見るばっかり。
とにかくこれはちゃんと焼き付けて知っておかないといけない事だな、って
思って。
もう、ギターも触れなくて。
そんな状態でしたね。そういう人、いっぱいいたと思いますよ。ミュージシャン
の人は。


--そこから現実的な動きへと変化して行く訳ですけれども。それには何か
きっかけがあったりしたんですか?

ichiro:人としてできること、例えばボランティアとか、そういうのはその直後から
できる範囲のことはやっていたんですけど。
あとは、ミュージシャンとしてずっと生きて来て、今こうして立って居られることに
対する想いと、自分のできることを考えると「音楽」しかない。
創る音楽の内容が変わったところもあるかもしれないし、そういう意味合いとか
想いを込めようという気持ちが一気に強くなって。
今回のアルバムは、そういう「想い」と「願い」をかなり詰め込んだアルバムなんです。


--今年20周年ということで、いろんな方と親交があって、震災のこととかもいろんな
方と話したり、行動を共にしたりということがあったと思うんですけれども。

ichiro:(こちらにボランティア等で)本当は来たかったんですけど、行くタイミングも
考えていたりとかして。結局来れずじまいで震災後、今日ようやく来れたという感じ
なんですけど。


--(震災によって)考え方が変わって。想いの入れ方が変化しているという中で
アルバムを、これは18年ぶりなんですね?

ichiro:18年ぶり(笑)

--20年のキャリアで18年ぶりのソロ・アルバムってのもねぇ。
これまでソロ・アルバムというよりも、方向性としてはいろんな
アーティストとの活動というところがメインであられて。
ここでソロ・アルバムというのは何か「使命感」「20周年」を意識した
ところがあったのですか?

ichiro:周りに言われてから、あ、そうか!と思ったのが去年だったんですよね。
もうそんなになるんだね、と思って、だったら来年演りたいなと去年思って。
去年はソロで旅して歩いて。そういう小さいツアーは去年したんですよ。
今年の前哨戦みたいな感じで。その流れで今年の「今」がある。


--自分で作品を出すとしたら、こういう感じの曲を入れてというのが蓄積された
物になってるんでしょうか?

ichiro:そうですね。結構オリジナルの曲を暇さえあれば創るタイプで、創りだめ
した曲が200曲以上あって。その中から選んだり、新しく創りたいという気持ちも
あったので、その選曲が大変だったんですよ。


--200曲以上からはね!(笑)それはエライことですね。

ichiro:アルバム20枚分くらいの曲数ですからね。それがね、結構一番の、
大変な作業でしたね。(笑)


--11曲にまとめなければならない作業で苦労するというね。
『Circle Scale』という、リリースされたアルバムになりまして。
さすがにそれだけ多岐に渡った曲数から選ばれているだけあって、同じいわゆる
ギター・ロックではあるものの、そこからの広がりというのが幅広いものがありますね。

ichiro:自分の好きなスタイルは、確固たるものがあるんですけど、それプラス
いろんな人のサポートで、大きいステージで大先輩の人と一緒に演らせて
もらって、それで得た経験だったり、そういうものを全て詰め込んだ作品に
したかったということと、そうやって経験を・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

申し訳ないのですが、ここでネット回線が急に途切れてしまい、2分間くらい
ichiroさんの大切なコメントを聴き逃してしまいました。

この間、どんなお話をされていたのかは、想像するしかありませんが、
今後ギター雑誌でも2回は掲載されると思いますので、そちらも期待して
待ちたいと思います。

悔しかったですよー。ここまで聴けたのに、回線切断ランプが点灯した時は
PCを放り投げようかと思ったほどです。→それは冗談ですけど。


元に戻った時には、多分、ファイナル公演のお話かな?
チャボさんのことを語っていらしたのですが、そこで丁度お時間となりました。
最後に紹介されたナンバーは、『The Ather Way』

ichiroさんは、震災後ギターも触れなくなるくらいの精神的な衝撃があった
ということです。
自分に何か、何ができる?と思うと、早い段階では無力感に苛まれる人が多かった
のでしょうね。

男の人の方が、何とかしなくちゃ、周りの人たちも守らなくちゃ、という防衛体制に
入るらしいです。
これがもし、時代や背景が違って戦いだったら、戦闘モードになるのかもしれません。
今回は自然災害によるものから派生した様々な出来事で、現在もまだ安定はしておらず、
これからも長い復興支援が必要です。
ichiroさんも東北の道路を走り、宮城の方々とお話をされて、肌で感じる、
刺さるような生身の体験だったことと思います。

また、個人の強い精神力、判断力、決断力も必要となって来ます。
人との協力体制も、環をつくることも必要になって来るでしょう。

その時、歌が、音楽が何かしらの力になれればいいな、という気持ちなのだと思います。

4日間の東北ツアー・デイズ。

たくさんの想い、いろんな人の想いをありのまま受け止めて
環、和を作って、また次へとロードですね。

Circle Scale Special は続いて行きます。
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